『朝おやつ』
『朝おやつ』
執筆者:長幡 香澄(B3)
「最近読んだ本」というテーマが渡された時、近頃本を全く読んでいないことに気づいた。幼い頃は本を読むのが好きだったのに、大学に入ってからは読む本といえば建築の写真集や事例集ばかりで、文章を嗜むようなことはしていなかった。何を紹介しようかと悩んだ末に、大学生になってから買った本の中で唯一建築に関係がない本を紹介することにした。
その本とは一乗寺の恵文社で出会った。
設計実習課題の参考書を探していた時に、近くに置いてあったこの本にふと目を奪われた。設計課題に切羽詰まっていた私にとって、その本の穏やかで可愛らしく余裕のある佇まいがとても魅力的に見えた。
建築のお堅い本を買う予定だったのに、気づいたらその本をレジに持って行っていた。
『朝おやつ』 甲斐みのり mille books 2023年10月1日発行
「朝おやつ」とは、朝にとる甘味のことである。作者の甲斐みのりさんは、朝に甘味を取る習慣があるそうだ。本書には、43種の朝おやつの紹介とそれに纏わるエピソードがまとめられている。紹介される朝おやつはどれも可愛らしく、素朴なものから煌びやかなものまで様々である。ひとつひとつのおやつの名前とともに差し込まれる写真の可愛らしさと、文章の柔らかさによって、作者さんの日記を読んでいるような気分になる。
おやつに纏わるエピソードにはところどころ学びになることが書いてあり、読んでいてとても楽しい。
例えば、「うさぎや」さんの「チャット」というお饅頭の包み紙の意匠は相田みつをさんが手掛けたという話は意外だった。「デザインされた意匠はまっすぐで優しくて、人柄ならぬお菓子柄にぴったりだ」と作者さんは綴っている。
求められている雰囲気にぴったりの意匠を考えつくことはとても難しい。建築の課題も同じである。求められている条件とコンセプトにマッチした意匠を作るのはとても難しく、私はまだ一度も成功したことがない気がする。
良い意匠とは何だろう。
お菓子の包み紙の「意匠が良い」と判断する指標の1つにお菓子のイメージの「伝わりやすさ」があり、パッケージデザインをする上で大切なことだと思う。
では、建築はどうだろう。
建築にとっての「良い意匠」と判断する指標の内の一つに「伝わりやすさ」は入るのだろうか。
今まで何回かエスキスを受けてきたが、「分かりやすく」とか「明快なコンセプトで」という言葉を投げかけて下さる先生が多いことから、「伝わりやすさ」は大切と思われる。
しかし、「伝わりやすさ」は建築に携わっている人の間と、そうではない人とでは認識が違うのではないか、と考えることがある。
私は今まで、建築を学んでいる人にだけしか自分の作った建築の意匠を説明していなかった。それ以外の人に自分の作品を見てもらうことは無いなと思っている為、「伝わりやすさ」を言語化できるまで突き詰めることを怠っていた。しかしこれからは、自分の考える「良い意匠とは何か?」ということや、「なんで良いのか?」ということを言語化し、「伝わりやすさ」を意識していきたいなと思う。自分の感覚の言語化や建築の世界の意匠の考え方についてしっかり向き合い、色々な人に受け取ってもらえるような建築を考えられるようになりたい。
建築のことはさておき、「朝おやつ」という本はとても温かくてお守りにしたくなるような安心感があるので、なんだか心が落ち着かない時や、気分が上がらない時は、朝おやつを食べながらこの本を読んでみて欲しい。