『群衆心理』
『群衆心理』
執筆者:木村 駿平(M2)
『群衆心理』ギュスターヴ•ル•ボン 講談社学術文庫
本書を手にしたのはたしか4年ほど前だったと思う。当時、世界は未曽有のパンデミックに直面し、不確かな言説が吹き荒れる中で多くの人々が不安と混沌に揺れていた。そんな中で再注目されていたことをきっかけにこの本を知ったのだが、当時の世相と照らし合わせて学ぶことが多く、とても印象に残っている本だ。実のところまだ読み切れていないのだが、ことあるごとに部分的に読み直していたので最近読んだ本として取り上げたい。
『群衆心理』は、19世紀末のフランスでギュスターヴ・ルボンが著した心理学の古典である。フランス革命や労働運動といった激動の時代背景の中で、人々が群衆の一員としてどのように理性を失い、感情や衝動に支配されやすくなるのかを鋭く分析している。ここで論じられているのは「指導者はいかにして民衆を扇動するか」ということだ。
ルボンは、その手段として「断言」「反復」「感染」という3つの方法を挙げている。証拠の有無に関わらず耳当たりの良いことを情熱的に「断言」し、それを何度も何度も「反復」することで聴衆の深層心理に刻み込ませる。洗脳状態に陥った人々はその周囲にも思想を「感染」させていき、どんどん肥大化していく群衆はやがて国家をも転覆するほどの力を手にしていく、という流れだ。
なるほど、と思う。たしかに何だか曖昧なことしか言わない人よりは、たとえ嘘でもハッキリ主張している人のほうが爽快で魅力的だ。それが自分にとって甘ければ甘いほど「本当にそうであってほしい」という思いが後押しして、事実として疑わなくなるだろう。そして周りも同じような考えに染まっているとしたら、すっかり安堵して反証をしようとする気も起きない。そう、これらの手法は人々に「快楽」を提供しているのだ。感染してしまった人たちは、内容が真実かどうかよりも、その状態が自分にとって心地よいかどうかで行動を決定しているように見える。彼らにとっては声を上げること自体が価値であり、それが自己満足や生きがいなのだ。こうなってしまえばどんな特効薬も効果はなく、やがて抜け出せなくなってしまう。本当に、よくもまあ的確に人間の弱いところをついていると思う。
とくに現代のSNS社会に生きる僕たちにとっては、こんな光景は大なり小なりあれど日常茶飯事だろう。誰しもが簡単に「感染」の爆心地となりうるこの世界では、ウイルスはより効果的に、深くまで蔓延してしまう。140年も前にこうした洞察がなされていることに驚かされると同時に、ルボンの指摘した人間の本質はいつになっても変わらないものであることに気づかされる。
それでは今一度。
断言を反復し感染させる。
断言を反復し感染させる。
断言を反復し感染させる