『軽いノリノリのイルカ』
『軽いノリノリのイルカ』
執筆者:石川 博那(M2)
『軽いノリノリのイルカ』(満島ひかり×又吉直樹 著)マガジンハウス
この本は、タイトルである「軽いノリノリのイルカ」のように、上から読んでも下から読んでも同じ文章になる「回文」を基に生まれたショートストーリー集である。
言葉遊びによって生まれた回文。それをヒントにショートストーリーが生まれていく。あえて回文をつくる段階では物語を完成させすぎず、ショートストーリーにてその意味のあるような無いような言葉を読み解いていく。その余白に、話が膨らむ面白さがあり、回文という何でもない言葉に意味と役割が持たされていくような感覚になる。
鈍い輝きな鏡 磨かなきゃ画家、イブに‼
にぶいかがやきなかがみみがかなきゃいぶに
画家とその息子が話している。息子は父にもう画家はやめてほしいと思っているが、父は頑なにやめようとしない。天才ぶっている父に下手じゃんとバッサリの息子。破かれたキャンバスが散らかり、二人の言い合いが続く。そこへ妻がコーヒーを持ってきて画家の父に言う「一人で何を言ってたんですか?」「あいつと話してたんだよ」実は息子はすでに亡くなっており、クリスマスイブの鏡に映る息子と話していたのだった。床に散らばる絵はすべて息子の似顔絵だった。
ショートストーリー集のなかのひとつのあらすじを紹介した。タイトルを見た瞬間はこの文章が回文であることに驚き、そしてそれがどんなストーリーが待っているか想像し期待する面白さがある。読み始めるとその内容をだんだん理解していき、読み終わった途端、タイトルが何であったか気になり、再び確認する。意味があるのかわからなかったタイトルに物語が吹き込まれると、突然、筋が通ったように改めてその言葉を理解できる。この本を読んでいるとタイトルを読んで物語を読んで再びタイトルを再解釈する、までがセットになる。
僕はこの一連の流れが、建築のコンセプトと建築のストーリーのそれに近しいものを感じた。